差別事件から見えてきたもの

十勝組  妙覚寺   脇谷 暁融(青僧協 前会長)


  北海道ではいくつかの差別事件が1994年から連なるように起きました。
  酷く悲しい事でもあり、その行為に激しく憤りを感じています。最初に起きた事件からすでに10年の歳月が過ぎました。最近では、2003年匿名による教区内住職、教務所長宛の差別ハガキと、赤いスプレーによって書かれた寺院駐車場での差別落書き事件が起こっています。その後、2年が経つ中でそれらの対応や扱い方を含めて、どうにかと言うべきか、ようやく本格的に取り組まれようとしています。

  どのような差別問題に関しても共通して言えるのは、様々な状況の中であろうとも、どれだけ我が事として受け取められるかという切迫した事実があります。差別を受けたいのちは我がいのちの問題であります。決して他人事にしてはならないという事につきるはずです。しかし、私自身を含めてどうしても自分の事として受け取る事が出来得ない姿がどこかにあります。どうして受け取る事が出来ないのでしょうか。
 
  それは一つに、私自身の中にある差別を見抜く感性のアンテナが、痛みから発信される思いを受信出来ない程に錆び付いているからでしょう。その事実に対する苦痛への感受性、踏みにじられる事への想像力、いのちを削る程の痛みに共感する能力を磨いていない結果であります。

  もう一つは差別には、「差別をする(行なう)側」と「差別をされる(受ける)側」の二者の立場しかない事を、身を持って理解出来ないからでしょう。
差別の当事者でなければ、私には全く無関係という、私自身は差別を行なってもいないし、受けてもいないのだからわからないという立場に立ちたいと思ってしまいます。
 
  しかし、差別に無関心を装い、絶えず傍観しようとする立場は、差別を認め続ける事でもあり、さらに差別の後押しや助長をしている事なりかねません。
  最終的に自分は差別をしていないと言ったところで、差別を許すという立場となり、差別をする側に立って行きます。「私は誰にも差別をしていない、周りで聞いた事がないので差別の問題に関わろうとは思わない、関わりたくない。」
  これが次の差別を促し、生み出していく要因になります。

  差別を直接的に受けた側からみれば、遠くの他人事にされてしまう事に、許し難い怒りを持ち、深い悲しみを受けます。その事に気づけないままでいる状況を認め、気づく努力をもしない私自身の姿を翻し、差別を見抜く感性を確かに育んでいかねばなりません。例えわずかであっても、どのようなスタイルであっても、取り組めない事はありません。

  今、日本中で様々な事柄に対して、皆が押し黙ってはいないでしょうか。
  私が言わなくても、あるいは私一人がやったところで世の中は変わらないと思ってはいないでしょうか。

  阿弥陀さまに照らし出された私自身の姿はどうなのでしょう。私自身のいのちから離す事の出来ない世間への面子や表面のかっこの良さに捕らわれている姿を「闇を抱えて生きる。」と示して下さっています。その姿を隠して周りの人に向かう時、多くのいのちを踏みにじり、様々な生き方を認めようとしない私自身の姿を作り上げています。
  自分にとって都合の悪い事や直接関係しないことに対して、何も言わない、世間に波風立つから言えないという風潮に流されず、阿弥陀さまの光がそのような私自身の闇を打ち砕く時、浄土真宗のみ教えに勤しむ私たち一人一人が、様々な差別の現実に気づかされ、暮らしの真っ只中で多くの差別を克服するために共に歩む行ないが「基幹運動」だと受け取り、そのみ教えと共に歩む仲間を「同朋」と敬いあいたいものです。

(本願寺新報2005年4/1号コラム「共生・共感・共歩」原稿を修正追筆)




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