「この失敗のおかげで、といえるくらい失敗から学ぼう」 
(東井義雄)

日高組  西光寺  豊田靖史師


  私たち人間というのは勝手なもので、人生が順調に進んでいるときは「私が頑張ったから。私が苦労したから」と自分の努力でそうなったと思いがちです。その反対に思い通りにいかないことが起きると「あの人がいたからだ。あの日が悪かったからだ」。
  しまいには「印鑑が欠けているからだ。先祖が迷っているからだ」というように、責任をすべて自分以外のものに求めてしまいがちです。
  そういう自分中心の立場で物事を見ていく限り、根本的な問題解決は、悪化することはあっても良くなることはありません。

 表題の言葉の「失敗」の部分を、できれば出会いたくない他の言葉と置き換えてみて下さい。「失恋」「病気」「悲しみ」など。できれば出会いたくない、私たちが普通マイナスと思っている出来事が、私の人生の大切な肥料となっている事実に目を覚まそう、というのが仏教の智慧であります。
  そして、そのマイナスが大きければ大きいほど、それと同じくらいの「プラス」の面が開かれているよ、ということを教えて下さるのがお念仏の教えでありました。


罪障功徳(ざいしょうくどく)の体となる
  氷と水のごとくにて
氷おほきに水おほし
  障りおほきに徳おほし
    (高僧和讃)





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